埼玉県行田市さきたま古墳群散策記(後編)

訪れた日-2014.9.21

埼玉県で最も大きい前方後円墳『二子山古墳』や貴重な出土物が展示されている『さきたま史跡の博物館』を訪れたさきたま古墳群散策記後編です。

埼玉県最大の前方後円墳・二子山古墳

お花畑と二子山古墳。

青空と二子山古墳。

後円部を間近に見ます。二子山古墳の全長は138m,高さは15mと大きいです。

側面から見るとどっしりと横たわって見えます。

秋の雲と青空と二子山古墳。

二子山古墳前方部。ここから見ると単なる丘にしか見えません。

草地にはバッタがいっぱい。

そのほかの古墳を見ながらさきたま史跡の博物館へ

鉄砲山古墳。

アゲハチョウ。

中の山古墳。全長79m、高さ5mと今まで見てきた古墳の中では割りとコンパクト。

中の山古墳を間近から。

奥の山古墳。

奥の山古墳とさきたま古墳群のプレート。

瓦塚古墳。

さきたま史跡の博物館へ到着しました。それでは中を見学したいと思います!

さきたま古墳群から出土した貴重な品々

受付で入館料(大人一人200円)を払って中へ。この入館料でここと前編で紹介した将軍山古墳展示館の両方を見学することができます。

入り口付近ではさきたま古墳群の空中写真や発掘調査の様子などが展示されてました。

展示場に入ってまず目に入ったのが大きな馬の埴輪。

真ん中の埴輪は水鳥で右は犬だそうです。

様々な土器類や・・・。

人を模した埴輪が沢山展示されてます。

古墳内に埋葬されていた副葬品。

国宝に指定されている装飾品類。そのほかにも国宝に指定されている勾玉や銅鏡などが多数展示されています。

展示物の中でなによりも有名なのが稲荷山古墳から出土したこの『金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)』ではないでしょうか?。日本史の教科書に必ずといっていいほど載ってるあれです。

金錯銘鉄剣の文字をトリミング。

金錯銘鉄剣には115文字刻まれています。

(剣の表)辛亥年七月中記、乎獲居臣、上祖名意富比垝、其児多加利足尼、其児名弖已加利獲居、其児名多加披次獲居、其児名多沙鬼獲居、其児名半弖比

(剣の裏)其児名加差披余、其児名乎獲居臣、世々為杖刀人首、奉事来至今、獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時、吾左治天下、令作此百練利刀、記吾奉事根原也

現代の言葉に訳すと

わたくしヲワケの先祖は、代々杖刀人首(じょうとうじんしゅ:親衛隊長)を務めてきた。わたくしはワカタケル大王(雄略天皇)に仕え、天下を治めるのを補佐した。そこで辛亥の年(471年)7月に、このすばらしい刀剣にこれまでの輝かしい功績を刻んで記念とする。

さきたま史跡の博物館ではその他に企画展として『ハニワの世界』というのをやってて『笑う埴輪』『琴を弾く埴輪』『力士埴輪』など不思議な姿をした埴輪が多数展示されてました。残念ながらここは撮影禁止だったので写真はありません。

移築古民家

さきたま史跡の博物館の近くに古民家がありました。旧遠藤家民家で江戸時代末期のもの。埼玉県幸手市からここへ移築されました。

伝統的な日本家屋の雰囲気ですね。

中はこんな感じ。

旧遠藤家民家のとなりに旧山崎家民家。こちらも移築されたものですがこちらは敷地内立入禁止で近くまで寄ることはできませんでした。

ひと通り公園内を見学して駐車場まで戻ります。その途中に『埼玉県名発祥の碑』が建ってました。埼玉はここから誕生したんですね。

埼玉県名発祥の碑付近から望む瓦塚古墳。

ということで、秋風の下おもいっきり古墳巡りを満喫した散策でした。

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