夜になって玄関をノックする音がしたので開けると警察の鑑識の人と、一般の方と思しき中年の男性と高齢の女性が立って居ました。
中年の男性は僕と顔を合わせるなり『この度は本当に申し訳ございませんでした。』と深々と頭を下げてきて、突然の事に僕はびっくりするも、ご親族の方々であることに気がつきました。確かに異臭の漂う中で耐え難い生活して来て大変だったけど、おじいさんの異変にもう少し早く気づいてあげられたら・・・という気持が少しあった僕は、とても謝られるような立場じゃありません。
鑑識の方とのやりとりはすぐに終わって、僕は再び部屋へ戻りました。
壁の向こうから絶えず聞こえてくる話し声や物音。やがて複数の警察官の声と物を運ぶような音が聞こえた時、『今遺体を搬出しているんだ』と感じ取り、そしてしばらくののち一切の物音がしなくなったので、廊下へ出ると警察も誰も居なくなっていました。
●現実を少しずつ受け入れて
遺体が搬出され終わっても、引き続き部屋から漂ってくる腐敗臭に悩まさなければなりません。
今回の出来事で受けた精神的なダメージは大きくて、この直後から食欲もわかず、寝る事も出来ないし、気分は憂鬱で胃はキリキリ痛むし、独り言をぶつぶつ言ったり、黒い影のような幻覚を見たりと精神的におかしくなってるな・・って自覚するほど参ってしまいました。
カウンセリングを受けたり精神薬とか薬を飲んでなんとか平常を保てるようになってきたのは、事件があってから1週間後。その頃になると、
『隣の部屋で人が亡くなっていた事』
『壁一枚挟んで腐敗した遺体と生活していた事』
については心に受け入れられるようになってきました。いわゆる『慣れ』みたいな感じです。でも匂いだけはどうしても慣れる事は出来ません。
●精神的に参った管理会社とのやりとり
マンションの管理会社からはその後も何一つ連絡は無く、僕は一体いつまで匂いを嗅ぎながら生活を続けないといけないのかという不安から、原状回復についての今後の見通しを電話で聞いてみるのもの管理会社側からは
『わかりません。』
『お答えできません』
『未定です。』
とそっけない回答しか返って来ず、ダメ元で空き部屋があれば変えてもらえないかという事も相談してみたものの即答で『それはできませんね。』の一言。
尊大で、誠意も配慮も感じられない管理会社とのやりとりでさすがに限界が来たので語気を強めると、管理会社側は賃貸契約書がどうのこうのとか、弁護士がどうのこうのと食って掛かってくるのでどうにもならずお手上げ状態で一層精神的に参りました。
しょうがないから部屋を出て行く事も考えたものの諸事情で今すぐは無理なので、引っ越しは我慢する事にしました。
なんとか解決の糸口は無いか消費者生活センターに電話すると、埼玉県の不動産協会みたいな所の連絡先を紹介してもらったので、そこへ電話して事情を話した結果、やはりどうにもならないとの事。居室で人が亡くなっていても、匂いが発生していても管理会社には落ち度は無く、もし今回の件で物が汚れたとか破損したのであれば損害請求を亡くなられた方に対して出来る(当然亡くなった方は賠償ができないから、相続人が賠償の義務を負う事になります。)ような話でした。
つまり『我慢をする』か『部屋を出ていく』しかないのです。
●原状回復へ向けて
管理会社と電話でやり合ってから数日後、部屋へ帰るといつもより異臭がしません。同じ階に住むおばちゃんにその事を話しすると
『昨日市役所の方と管理会社の人が部屋へ立ち入っていたわよ。』
『遺品を片付ける前に匂い消しの薬や殺虫剤をこれから撒くらしいわよ。』
との事。おじいさんは生活保護を受けていたらしく、その関係で市役所の職員が訪ねていたそうです。
それからさらに数日後、自宅へ帰ると廊下に冷蔵庫やテレビなどが並べられ、複数の人がおじいさんの部屋に出入りしていました。ちょうと部屋から出てきた人と鉢合わせになり、挨拶すると見覚えのある顔でそれは通報初日の夜、深々と頭を下げて来た親族の男性でした。
話をすると親族総出でこれから何日かかけて部屋を片付けていくとの事。『その間色々ご迷惑をおかけして申し訳ございません。』と話した後で、『うちの叔父が部屋にいっぱいゴミを溜め込んでいたからなかなか片付けるのが大変でね。』と話してくださり、ここで僕ははじめてこのご親族とおじいさんとの関係を知りました。
4月いっぱいで部屋の片付けも終わったようで、部屋の明け渡しも終わり今現在は空き部屋となっています。でもリフォームは未だされて無いから体液のシミの跡は残っているはずなのに、匂いはもう殆どありません。
ようやく平常の生活を送れるようになり精神的にも楽になりました。
今回の一連の出来事はあまりにも辛い思い出として残る一方、その間の時間をごっそり奪われた空虚感も覚えてしまい、時折発作的に鬱を感じる時もあります。まさかこういう体験をするなんて夢にも思いませんでした・・・でも今の世の中を考えると何時起きても不思議では無く、誰にでも起こりうる事なのかもしれません。
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